守破離・・・守らないといけないものを破って人が離れる?

一席お付き合いを。喜餅です。

東京五輪のロゴマークに関して、色々話が膨らんでるみたいだね。トートバックのデザインに関しては(社員がやったとした形で)認めちゃったみたいだね。

デザインに限らず、音楽や文章、色んなトコでこういうのあるよね。その一方でオーマジュやインスパイアなんて言葉もある。境界線ってなんだろうね。「守破離」なんて言葉もあるけど、無から有が誕生するのではなく、その背景には膨大な有が眠る無なんだよね。秋雨先生も「伝承とは、模倣から始まる」なんて言ってるし(笑)

今日はその辺りの話をば。

パクリとオマージュの違いってなんだろうね?ツイッターでフォローさせてもらってる方がしたリツイートで「製作者が元ネタに気付いてほしいのがオマージュ、気付いてほしくないのがパクリ、元ネタありきで元ネタがわからないと楽しめないのがパロディ」なんてのがあった。わかりやすいよね。

落語をとりまく世界でも、他の分野の作品から落語になったり、逆に落語から他の分野の作品になったりすることがある。前者なんかはグリム童話に対する「死神」であったり、後者だと「真景累ケ淵」なんかがそれになるのかな?「タイガーアンドドラゴン」なんて、毎回毎回有名な古典落語の筋が根っこにあるよね。

「製作者が元ネタに気付いてほしい」ってのは、すごくわかる気がするなぁ。以前にも記事にしたとおり、知らないとニヤリとできない小ネタ、アタクシの英語落語の中にも入れてある。ゾンビ噺にしても、映画「ショーン・オブ・ザ・デッド」からヒントを得てるし、マイケル・ジャクソンには気づいてくれる人はいるけどその前にやってる某プロ野球選手(投手)がやってる体操にはなかなか気づいてくれる人がいなくて寂しい(笑)

あと付け加えるとするならば・・・さも自分で生み出した感が出ちゃってるとパクリ感が出るよね。この辺りは当事者ではなく周囲が感じ取る「印象度」ってのも大きく作用するのかな。

怖いのが、その人のバックグラウンドとなる過程が滲み出る「手癖」が(本人はそんなつもりないのに)行き過ぎる場合と、(似たようなアイデアやネタが過去にあるのに)知らなかった場合、なんかあるよね。後者の件なんか、とある友達が「ボケて(bokete)」ってサイトに過去に投稿されたボケの存在を知らずにボケたんだよ。そしたら「もうそれあるよ。自分で考えた気になってるなよ」的なコト言われてさ。こういうこと、ありえるからなぁ、今後。

しかしさ、今回のトートバックの件もそうだし、音楽関係の件もそうだけどさ、こういうのを発見する人達ってホント凄いよね。どうやってやってるんだろうねぇ。

トートバックの人もさ、映画「Catch Me If You Can」みたいにこういうのを見つける方達に委託して「このデザイン思いついたけど、パクリ疑惑かけられたくないからチェックして」ってやればいいのにね。

喜餅も委託しようかな。「残念ながらオリジナルの要素を探すこと自体が不可能です」と言われないように。

おあとがよろしいようで。

Advertisements

About HoneyPotter

a Japanese/an English learner/a computer game player/a volunteer guide/an English rakugo performer (my stage name: 喜餅/Kimochi)
This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s